毛利マークとの出会い 1958年
毛利マークとの最初の出会いは小学生の頃、
赤い羽根募金で赤く染めた羽根を胸につけてもらった際、
兄が金属製の赤い羽根バッジを手に入れて来て、
それを見た際にバッジの裏に「毛利」とあり、
子供心に何の意味か判らないでいました。
別のバッジには三越や大丸のマークが
刻印されたバッジもあり製造メーカーだと言うことが判り
興味を持ちバッジ集めだしました。
今も1958,1959分を持っています。
その後高校生の時、
クラブ活動で地学部のバッジを作ろうと言うことになり、
お世話になったのが毛利マークさんでした。
その後社会人になりボランティア活動で携わった
日本野鳥の会兵庫県支部の腕章を作る際にも
毛利マークさん
にお世話になりました。